京都大学で誕生した技術を基盤に大学発スタートアップとして誕生
まずは貴社の自己紹介からお願いいたします。
鈴木様:当社は、「肺再生生物学・組織工学」に基づく新しいサイエンスを起点に、呼吸器疾患に対する先進的な治療法の開発を加速させることを目的として設立されたバイオテクノロジー企業です。
肺に特化した創薬・毒性・再生分野において、iPS細胞由来の技術を活用した独自の研究開発を進めながら、創薬支援やウイルス感染・肺毒性評価を担うCRO(受託研究機関)サービスを幅広く提供しています。
代表取締役の山本佑樹は、京都大学在籍中に、これまで安定的な培養が極めて困難とされてきたヒト肺胞上皮細胞の分化誘導に、iPS細胞を用いて成功しました。この技術をコアとし、2020年に当社を設立しました。
現在は京都の本社と柏の葉の2拠点を中心に活動しています。また、国内外の共同研究開発先にもスタッフを派遣し、現地での連携を通じて柔軟かつ機動的な研究開発を展開しています。
(2025年5月15日のNature誌記事広告参照:)(For more, please refer to our Nature advertisement article published on May 15, 2025.)

貴社は大学発のスタートアップなのですね。
鈴木様:はい、その通りです。現在の当社の立ち位置は、企業とアカデミアのちょうど中間にあるような存在だと考えています。企業としての側面では、当社が独自に開発したヒトiPS細胞由来の肺オルガノイド技術を活用し、これまでモデル化が困難だった呼吸器疾患モデルを構築。薬剤の有効性・安全性を1細胞レベル・空間レベルで高解像度に評価するCROサービスを展開しています。
この解析により、被験薬の「作用する場所・メカニズム」や「効きにくい場所・メカニズム」を可視化・定量化し、製薬企業にとって実用的なフィードバックを行っています。
また、呼吸器専門医・がん薬物療法専門医であることも活かし、単なるデータ提供にとどまらず、臨床的視点からの開発方針への意見提供も積極的に行っています。薬剤だけでなく、環境毒性物質やウイルスなどによる肺毒性の評価依頼も増えており、応用範囲は年々広がっています。
一方で、当社の活動は細胞販売や創薬支援だけにとどまりません。むしろ本質的には、「ヒトの肺を再構築し、その中で何が起きているのかを読み解くことそのもの」が、私たちの研究の原点です。疾患メカニズムの解明や環境曝露研究に加え、再生医療や老化研究といった領域にも力を入れています。
ヒトの肺という“最後のブラックボックス” のひとつを解き明かし、次世代の医学と産業を切り拓く存在でありたい──それが、私たちHiLungの目指す姿です。
「肺胞細胞のオルガノイド」とはどういうものですか?
鈴木様:ヒトiPS細胞から分化誘導して作成した、ヒトの肺組織に近い構造体です。これまで、ヒトの呼吸器上皮の細胞を安定的に培養することは非常に困難とされてきましたが、当社ではiPS細胞を用いた分化誘導技術により、生体とほぼ同等の機能を持つ肺の細胞を安定的に再現・量産することに成功しました。
この肺オルガノイドは、たとえば医薬品候補化合物の有効性を人体への投与前に確認する段階や、ウイルスなどのヒト感染性微生物による細胞毒性の評価などに活用しています。
Harry様:また、当社の研究テーマのひとつに「環境曝露」があります。肺オルガノイドをさまざまな汚染物質(PM2.5, ディーゼル排気粒子, タバコ煙)に曝露し、それが細胞にどのような影響を与えるのかを調べる研究です。
これは、各種難治性肺疾患・肺癌の観点からだけではなく、環境政策や材料工学の世界からも現在非常に注目されている重要な分野でもあります。大気規制や新規材料の安全性に科学的根拠を提供する上でも、ヒト肺モデルでの曝露影響評価は極めて有用です。

治療手段の乏しい呼吸器疾患に対する「次の一手」を生み出したい
貴社の「肺オルガノイド」の特徴を教えてください。
鈴木様:一言でいえば、「人間の肺の“ミニチュア版”を試験管の中に再現した」ものです。しかも、私たちが使っているのはヒトiPS細胞、つまり“人間の設計図”から作った肺なので、非常にリアルな反応を示すのが大きな特徴です。
これまで多くの研究ではマウスの肺が使われてきましたが、実はヒトとマウスの肺は“似て非なるもの”。たとえば「線維化」と呼ばれる、肺が硬くなってしまう現象ひとつ取っても、マウスでは気管支の周りに線維化が起きて時間が経つと元に戻ることが多いのに対して、ヒトでは肺のいちばん外側、胸膜のすぐ下の“末梢”から線維化が始まり、いったん起きると元に戻りません。
つまり、「治るマウスの病気」と「治らないヒトの病気」は、まったく別物で、そうした「異なる病気」をモデルとして使った医薬品研究では、ヒトで効く医薬品候補を見出すのに難渋してきたというのが呼吸器医療の歴史なのです。
私たちの肺オルガノイドは、こうした“治らないヒトの病気”の本物に近い姿を、試験管の中で再現できる点が強みです。
しかも、これらのオルガノイドは安定した品質で繰り返し作製できるので、創薬や毒性試験において高い再現性とハイスループット性を両立できます。
様々な呼吸器疾患の研究用途がありそうですね?
鈴木様:はい、当社ではこの技術を、肺線維症、COPD、肺がんといった代表的な疾患から、嚢胞性肺線維症などの希少疾患まで幅広く活用しています。オルガノイドによって病態や薬剤応答を可視化し、これまで見えなかった病気の“入り口”や“進行”を細胞レベルで捉えることが可能になりました。
山本も私も、もともとは呼吸器内科医であり、また共同創業者の永元も小児科医として新生児や小児の呼吸器診療に携わってきました。日々の診療では限界がある――どうしても救えない疾患があるという現実を突きつけられる中で、そこに風穴を開けるには、医学の“現場”と“研究”の間をつなぐ存在が必要だと痛感しています。それが、HiLungの原点です。
たとえば、特発性肺線維症(IPF)は進行性かつ原因が不明な疾患で、最終的には呼吸不全や感染症などの合併症で命を落とすこともあります。平均余命は数年とされ、個人差も大きく、患者さんも医療者も対応が難しい。それにもかかわらず、肺がんなどに比べて社会的認知度は低く、研究や治療開発も立ち遅れているのが現状です。
だからこそ私たちは、ヒトの肺の中で実際に起きている変化を、ミニチュア肺=オルガノイドを使って“見える化”し、その変化をリアルタイムで観察できる技術を開発してきました。疾患の初期変化や薬剤の反応を細胞レベルで把握することができ、製薬企業や研究者が新たな治療法を開発するための足がかりを提供できると考えています。

貴社の肺オルガノイド技術は「再生医療」にも使えるのですか?
鈴木様:はい、再生医療の可能性についても大いに期待しています。もちろん、現時点では「人工的に作成した肺胞細胞をそのままヒトに移植する」といった臨床応用の段階には至っていませんが、その土台となる技術は着実に積み上がってきています。
私たちが目指しているのは、単なる細胞の集合体ではなく、ヒトの肺の生理的環境や構造、機能をできるだけ忠実に再現した“生きたモデル”です。それは、創薬や毒性試験にとって非常に価値のあるものであり、将来的には、細胞移植型の再生医療や臓器再建といった領域にもつながっていく可能性があると考えています。
ずばり「貴社の強み」は何でしょうか?
鈴木様:私が知る限り、ヒトiPS細胞由来の肺胞上皮細胞を安定的に培養する技術を有するのは、世界でも当社だけと自負しています。さらに、これらの細胞を用いて構築するミニチュア臓器=肺胞オルガノイドの作製技術も、当社ならではの強みです。
ヒト肺由来の気道上皮細胞を提供している企業は海外にも存在しますが、彼らは主にプライマリ細胞(生体から直接採取した細胞)を用いているため、細胞ごとのばらつきや供給の量・安定性に課題があるのが現状です。
その点、当社の技術はヒトiPS細胞から目的の細胞種を分化誘導することで、品質の安定性・再現性と大量生産とを両立しており、創薬や毒性評価などの分野において、非常に信頼性の高い研究モデルを提供できるのが大きな強みです。
また、当社は少人数のチームながら、国際色豊かなメンバー一人ひとりが各分野で実績を持つプロフェッショナルで構成されており、臨床・学術・製薬業界を跨いだ経験者集団として、研究・サービスの展開も自然とグローバル連携を前提としたものになっています。現在では、国内の契約数とほぼ同数の国際契約を抱えております。
柏の葉を舞台に世界最先端の施設とのコラボレーションに挑戦したい
「三井リンクラボ柏の葉1」に入居されたきっかけをお聞かせください。
鈴木様:柏の葉という場所にこだわったのは、最先端のアカデミアと連携しながら研究を深めていける土壌がここにあると感じたからです。私自身、HiLungにジョインする以前から、AMED創薬基盤事業の一環として、東京大学の鈴木穣先生と共同研究を行っていたり、臨床医としてがんゲノムエキスパートパネル関係で国立がん研究センター東病院の土原一哉先生にお世話になったりなど、柏の葉には以前からご縁がありました。
当社代表の山本が、当社のコア技術を『Nature Methods』誌に報告した頃から、鈴木穣先生との共同研究も本格化し、急速に進化するオミックス解析の最前線に触れる中で、「いつか柏の葉にも拠点を構えたい」という思いが自然と芽生えていきました。 These connections laid the groundwork for deeper engagement in the region.Around the time our CEO, Dr. Yamamoto, published our core technology in Nature Methods, our collaborative research with Professor Yutaka Suzuki began to accelerate.
入居からほぼ1年経ちますが、どのような感想をお持ちですか?
鈴木様:とても良い環境だと感じています。アイデアに煮詰まったときは1階のカフェに降りて、コーヒー片手に他社のスタッフと気軽に雑談できるのがありがたいですね。
ランチの時間帯には、国立がん研究センター東病院の方々がいらっしゃることもあり、自然と多様なバックグラウンドの方々との交流が生まれます。
たまに研究開発とは直接関係のない雑談を交わすこともありますが、そうした他愛もない会話が、思わぬ気づきやアイデアにつながることもあり、めぐりめぐって仕事の肥やしになっていると感じています。
「ただのラボ」ではなく、人と知が交差する“場”としての魅力がある空間ですね。
柏の葉ラボの他の入居者との交流の機会などはありますか?
鈴木様:はい、実は仕事でお世話になっている製薬企業も、同じ柏の葉ラボ内に入居しており、廊下でお会いすると、最先端技術の動向などについて気軽に情報交換をさせていただくこともあります。そのほかにも、ランチタイムTipsなどが定期的に開催されており、当社も積極的に参加しています。そういった交流の場が自然と生まれるという点でも、非常にありがたい環境だと感じています。
では最後に「将来の展望」についてお聞かせください。
鈴木様:現在、オルガノイド創薬支援CROサービスや、ウイルス感染モデルを活用した解析サービスの受注が国内外から着実に増加し、軌道に乗ってきています。
そのうえで、次なるチャレンジとして、未知の肺毒性リスクを予測・検出する新たな評価モデルの社会実装に取り組みたいと考えています。国立がん研究センター東病院が隣接している立地を最大限に活かして、抗がん剤などによる肺毒性を事前に評価できるオルガノイドモデルを関係機関と連携しながら提案していければと考えています。また、「どの部分を修正すれば肺毒性が軽減されるか」といったフィードバックが可能なシステムを、世界に向けて発信していきたいですね。
さらに、現在開発を進めているMPS(生体模倣システム)モデルについても、新たな薬効評価指標として肺活量などを可視化・定量化できるように社会実装していきたいと考えています。その先駆的事例として、AMED支援で共同開発を進めている肺線維症治療薬候補「HL001」は、まさに肺オルガノイドで鋭敏に示される薬効データを元にした申請で米国FDAよりオーファンドラッグ指定を取得しており、難治性疾患に対する新たな選択肢となることが期待されています。